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2019.04.18

バスケットマン日本一までの道のり~初の都大会~

Crazy journey yossyです。

憧れの先輩を追いかけながら見よう見まねで

小学2年生から4年生まで基礎トレーニングをしていたと思います。

気づけば右ドリブルも少しずつ出来るようになってました。

僕が小学生の頃は今みたいにレッグスルーやバックビハインドを巧みに使う選手は少なかったかと思います。

しかし、うちのチームはみんな左右のドリブルを巧みに操れる人が多かったです。

小学4年生になり2個上の先輩であるY太君というキャプテンがいました。

彼はバスケはずば抜けて上手かったです。

性格もずば抜けて悪いです。

何度もイジメられ悔し涙を流した思い出があります。

彼とは大人になっても関わりがありこのブログを見たらまたイジメられせそうです。

そんなキャプテンは当時から群を抜いて上手かったです。

よくないことにチームメイトとは仲良くありませんでした。

特に6年生の同士は非常に仲が悪かったです。

チームスポーツはプレーが上手ければいい問題ではないということです。

コミュニケーションが取れないとダメってことです。

それは大人になっても一緒だと思います。

キャプテンの性格をよく知っている先生は、合宿の際部屋わけなど班毎に分かれるのですが、一年間通じて僕は全部キャプテンの班にさせられました。

なぜならキャプテンの監視役に僕が抜擢させられた感じです。

年に6回ある合宿全部同じ班でした。

結構しんどかったです。

悪ガキキャプテンにいつもいじめられてきました。

宿舎の風呂場でも食堂でも先生の目の届かないところでチクチクとやられました。

僕は先生にチクるのだけはしませんでした。

いい先輩だったし、良い兄貴分だったし、バスケが上手いから憧れてたからです。

小学4年生だった僕ともよく1on1をやらせてもらってました。

正直大人になっても一度も勝ったことがないです。

そんなこんなで精神、肉体共にどんどん成長していくわけです。

1月に冬季都大会が毎年行われてました。

6年生にとって一番大事な大会です。

3チームによるリーグ戦で勝率が高い方が2回戦目に上がるシステムです。

ミニバスルールは3クォーターまでに10人の選手が出場しなくてはいけません。

6年生を中心に固定されてメンバーが1クォーターずつ出場していきます。

3クォーターになり本来は6年生の控えの選手を出し、試合を繋いでいくのですが、今回はなぜが僕が出ることになりました。

心の準備が…。

1試合目は先輩が出てくれたのに…。

なぜこんな争ってる試合に…

勝ったチームが2回戦目に進むのに…

ミスしたくねー。

先生に呼ばれたら断れない…

先生から一番遠いベンチに座ってる僕がなぜ…

本当に嫌でした。

個人的な結果はターンオーバーなし。

レイアップ1ゴール。

繋ぎ選手での内容はバッチリ。

先輩に迷惑かけないでよかったとホッとしました。

試合結果は負けてその先に進む事は出来ませんでした。

僕にとってはこんなに大舞台で緊張しながらできた事は大きな経験です。

続く